監査法人の歴史
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監査法人は、数十年前の粉飾決算をきっかけとして制度が定められました。
しかし、その制度創設当初は、ごく少人数(10名程度?)の公認会計士が集まって監査法人を設立したのだそうです。

ところが、そのようにしてできた監査法人は、規模が小さすぎて、ほとんど個人事務所と変わらない、ということが言われたため、旧大蔵省が主導して、合併に次ぐ合併が進められました。
その結果、現在では、日本では4大監査法人と呼ばれる、新日本監査法人、中央青山監査法人、監査法人トーマツ、あずさ監査法人の4社に集約されたのです(もちろん、他の監査法人もたくさんありますが、規模はこの4社よりもはるかに小規模なものです)。
しかし、現在ではひとつの監査法人となっていても、元々は別の監査法人であったものが合併してできているため、内部交流は今ひとつ、という監査法人も少なくはありません。
給与テーブルが元法人に応じて変わっている、という法人もあるようですし、人材交流も全然行われない、等という例もあるようです。
例えば、最近話題になっている、中央青山監査法人は中央監査法人と青山監査法人が合併してできた監査法人なのですが、日経新聞等の報道によると、この2法人間では、企業風土が全然違い、その結果、交流もあまりなかった、というようなことがあったようです。